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千葉地方裁判所 昭和40年(ワ)118号 判決 1966年12月23日

主文

原告の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一  原告訴訟代理人は、「被告福島は原告に対し別紙目録記載の土地につき昭和三九年九月一〇日千葉地方法務局市原出張所受付第七、三一〇号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告住川博は原告に対し右土地につき同年同月二六日同出張所受付第七、八〇七号をもつてなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。被告湯浅は原告に対し右土地につき同年一二月一七日同出張所受付第一〇、二四四号をもつてなされた所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

(一)  別紙目録記載の土地(本件土地という)は原告が昭和三九年五月二九日訴外佐久間敏次他一名から買受け、同年六月一二日所有権移転登記をして、以来これを所有している。

(二)  原告は昭和三九年九月一〇日被告福島との間に本件土地の所有権を原告から被告福島に売買名義で移転する趣旨の契約を結び、同日千葉地方法務局市原出張所受付第七、三一〇号をもつて本件土地につき原告から被告福島に対する同日付売買を原因とする所有権移転登記を経由した。

しかし、右所有権移転契約はその要素に錯誤があつて無効である。すなわち、原告は電気器具商であるが、昭和三九年八月下旬頃約一五〇万円の営業資金の必要にせまられ、訴外岡田光雄の紹介で、被告福島に本件土地を担保とする金融斡旋を依頼した。被告福島は遠縁にあたる栄義信なる者が芝信用金庫に在職しているから、その縁古で同金庫から二五〇万円を借りるよう尽力する、といい、同年九月上旬本件土地を下検分した。ところが、同年九月七日頃被告福島は原告に対し「芝信用金庫では担保物件の名義を私に変えないと取扱上まずいといつているから、一時本件土地の所有名義を私にかえてくれ、そうすれば五、六日のうちに金がでる」と言つてきた。そこで原告は「それで必ず金がでるなら名義をかえよう」と答えた。そうして前記所有権移転登記を経由した。その手続費用は原告が負担した。なお、被告福島が二五〇万円の金融斡旋に成功したら、その二五〇万円のうち八〇万円は被告福島に使はせる約束があつた。しかし、芝信用金庫からは遂になんらの金融も受けられなかつた。後日の調査によれば、被告福島は同金庫に対し金融斡旋の努力をしなかつたことが判明した。原告が本件土地の所有名義を被告福島に移転したのは、そうすることにより芝信用金庫から二五〇万円の融資が必ず受けられるということだつたからであつて、もし名義をかえても融資を受けられる見込がなければ原告が所有権を移転する筈がない。このことはたとえ何人が原告の立場に立つても同様である。

そうすると、原告と被告福島との間の本件土地所有権移転契約は、原告の意思表示の重要な部分に錯誤があつて無効であり、被告福島は本件土地の所有権を取得することができない。したがつて、原告から被告福島に対する前記所有権移転登記は、実体に符合しない、無効のものである。

(三)  さらに、本件土地については、

(1)  昭和三九年九月二六日千葉地方法務局市原出張所受付第七、八〇七号をもつて被告福島から被告住川に対する同日売買を原因とする所有権移転登記、

(2)  同年一二月一七日同出張所受付第一〇、二四四号をもつて被告湯浅のために同日売買予約を原因とする所有権移転請求権保全の仮登記、

が経由されている。

しかし、被告福島が前記のとおり本件土地につき実体上の所有権を取得しなかつたから、被告住川はいかなる方法にせよ被告福島から本件土地の所有権を取得できる筈がない。そうすると、被告湯浅もまた本件土地につき被告住川に対する所有権移転請求権を取得できるいはれはない。したがつて、右(1)、(2)の登記はいずれも実体に符合しない無効のものである。

かりに被告福島が本件土地の所有権を取得しなかつたとの主張が理由がないとしても、被告福島から被告住川への所有権移転は、その原因を欠き、無効である。すなわち、被告福島と被告住川との間には被告ら主張のような代物弁済契約は存在しない。被告福島はそのような契約をしたことはない。したがつてこの点からも前記(1)、(2)の登記は実体に符合しない、無効の登記は実体に符合しない、無効の登記である。

(四)  よつて、原告は、被告らに対し請求趣旨記載のとおりそれぞれの登記を抹消する登記手続を求める。

(五)  被告住川、湯浅両名の主張事実に対し、

(1)  被告住川と被告福島との間の代物弁済の事実は不知である。

(2)  原告が被告福島に本件土地の所有権を移転したのは、そのことによつて金融が受けられるからであつて、その趣旨は右所有権移転契約に表示されていた。しかもその点は右契約の内容の重要不可欠の部分である。したがつて原告主張の要素の錯誤は、それが動機の錯誤であつても、右所有権移転契約を無効ならしめるものである。

二、被告福島は「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として「本件土地は原告の所有であつたところ、原告から被告福島に対し本件土地につき原告主張のとおり売買を原因とする所有権移転登記がなされたこと、は認める。」と述べた。

三、被告住川、湯浅訴訟代理人は、主文一、二項と同じ判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

(一)  原告主張事実のうち、本件土地が原告の所有であつたところ、原告から被告福島に対し原告主張のとおり所有権移転登記がなされたこと、さらに本件土地につき被告住川、被告湯浅の各登記がなされていること、は認めるが、原告から被告福島に対し前記登記がなされるようになつた経緯については不知である。

(二)  原告は昭和三九年九月一〇日本件土地の所有権を被告福島に移転したと自認しているので、被告らは右自認を援用し、それが真実なものであると主張する。

原告は右所有権移転契約が要素の錯誤によつて無効であると主張するが、その主張するところは結局動機の錯誤にすぎず、法律行為の内容に関する錯誤ではない。したがつて法律行為の無効をきたすものではない。

かりに右の所有権移転契約に要素の錯誤があつたとしても原告から被告福島への所有権移転は一旦は真実になされ、しかもその事実が登記によつて第三者に公示されたのであるから、このような場合は取引の安全のため、禁反言ないし信義誠実の原則からして、民法第九四条第二項を類推適用して、善意の第三者である被告住川、湯浅に対しては、原告は被告福島との間の所有権移転契約の無効を対抗できない、と解するのが相当である。

(三)  被告住川は昭和三九年九月二六日被告福島から本件土地を買受けた。被告住川と被告福島とはかねてお互に融通手形を交換していたところ、被告住川振出の融通手形は全部支払はれたのに、被告福島振出の融通手形は全部不払になり、その結果被告住川は被告福島に対し昭和三九年九月二六日当時において総額一七〇万円位の債権を有していた。そして被告住川は右債権に対する代物弁済として被告福島からその所有の本件土地を取得したものである。したがつて被告住川の所有権取得登記は実体に符合する。

(四)  被告湯浅は被告住川の被告福島に対する前記債権の資金の大半を被告住川に貸したために、その債権を担保する趣旨で本件土地につき、原告主張のように売買予約をなし、またその仮登記をなした。したがつて右登記も実体に符合するものである。

四  証拠(省略)

理由

一、別紙目録記載の本件土地を、原告が所有していたところ、昭和三九年九月一〇日原告と被告福島との間で原告から被告福島に本件土地の所有権を移転する趣旨の契約が結ばれ同日原告主張のとおり所有権移転登記がなされたこと、は当事者間に争いがない。(右所有権移転契約については被告福島は明らかに争はない。)

二、原告は右所有権移転契約は要素の錯誤によつて無効であると主張する。

被告福島本人尋問の結果によりその成立が認められる甲第二号証、証人岡田光雄の証言、および被告福島、原告各本人尋問の結果を綜合すると、次の事実が認められる。すなわち、原告は昭和三九年八月頃電気製品の販売業をやつていたが仕入れ資金として一七〇万円位の資金が必要であつた。原告は銀行取引もなかつたので、訴外岡田光雄(金融会社の役員)を通じて被告福島にその金融の斡旋を依頼した。原告は同年五月頃本件土地を一五〇万円で買つて所有していたので、それを担保にすることを申出た。原告は当時本件土地が坪当り一〇万円位すると思つていた。被告福島は、その知人が芝信用金庫の役員をしているから、そこから本件土地を担保に二五〇万円位借りられる、といい、本件土地の下検分もした。被告福島と原告との間では、もし二五〇万円金融がえられたら、そのうち八〇万円は被告福島に使わせることが約定されていた。ところが、同年九月上旬になつて、被告福島は原告に対し「芝信用金庫が融資するについて、本件土地が埼玉県に住む原告の名義になつているよりも東京都内に工場を持つている被告福島の名義になつている方がやりやすいというから、本件土地の所有名義を被告福島に移してもらいたい」という趣旨の申入れがあつた。原告は岡田光雄と相談の上、被告福島の申入れを承諾した。そして同年九月一〇日本件土地について前記のとおり原告から被告福島へ売買による所有権移転登記が経由された。その際、被告福島はそうすれば必ず融資が受けられると確言し、原告ももし金融が得られないときは直ちにその登記名義を原告に返すことを被告福島に確約させた。しかし被告福島は全然融資を受けることができなかつた。

以上の事実が認められる。この事実によれば、原告が被告福島との間で本件土地につき前記所有権移転契約を結んだのは、それによつて融資を受けるためであり、しかもそのことは右契約に当つて被告福島に表示されていた。もしかりに金融がえられないことがわかつていれば、原告はもちろん右契約をする筈はなく、そのことは原告のみならず何人であつても変りがないことは明らかである。つまり金融をえることは右契約の重要な内容をなしていたといえる。

しかし、右所有権移転契約の当時、本件土地を担保に金融をえる見込がなかつたとか、被告福島に金融をえる努力をする意思がなかつたということが、認められる証拠はない。そうすると、右所有権移転契約に当つて原告が本件土地を担保に金融をえようと意図したことに、客観的事実との間のくい違いがあつたとはいえない。つまり原告に錯誤があつたとは認められない。右認定に反する証拠はない。

そうだとすると、原告の要素の錯誤の主張は認めることができない。

三、ところで、原告が本件土地について被告との間に所有権移転契約を結んだことは前記のとおり原告の自認するところであるから、本件土地につき原告から被告福島に対してなされた前記所有権移転登記は実体に符合することとなる。したがつて右登記の抹消登記を求める原告の請求は理由がない。

四、次に本件土地につき原告主張のとおり被告住川の所有権取得登記、被告湯浅の所有権移転請求権保全仮登記が経由されていること、は原告とそれら被告両名との間で争いがない。

原告は、被告福島が本件土地の所有権を取得しなかつたと主張し、それを理由に右各登記の抹消を請求しているが、その前提である被告福島についての主張が前記のとおり認められないから、右請求もまた理由がないことになる。

なお原告は、被告福島と被告住川との間の代物弁済契約が実在しなかつたといつて前記各登記の抹消を求めるが、上記のように本件土地の所有権が原告から被告福島に移つたと認められる以上、原告はもはや被告福島と被告住川との間の登記原因の有無を論ずる利益を有しないから、右主張も採用できない。

五、要するに、原告の請求はいずれも理由がないので、棄却をまぬがれない。

よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙

目録

千葉県市原郡五井町五井字北宿四、九五四番の一

宅地      三一坪六合

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